SUBARU健康保険組合 太田記念病院

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センター立ち上げから6年

救命救急の現状

救命救急センター長
救急科 主任部長 秋枝 一基

救急科 主任部長 秋枝 一基
先生が救急医になったきっかけを教えてください。

研修医の時はずっと整形外科希望だったんです。スポーツ整形をやりたかったのですが、まだその頃なくて。でもローテーションで救急科を回って面白かったからですね。重症患者がいっぱい来て、アドレナリンがいっぱい出て、そのまま勢いで救急科に入っちゃいました(笑)。全身を診る事ができるのが楽しいからですかね。今はもう、救急しかできないので。

先生は当院の救命救急センター開設のために赴任されたわけですが、
その経緯を教えてください。

前院長の難波先生が大学の救急の教授と知り合いで、「太田市で救命救急センターつくるから手伝ってくれないか」という話があったみたいですね。そこで教授から「秋枝と飯塚でどういう風にしたらいいか教えてやってくれよ」というので、毎月太田まで会議に来てたんです。でも太田に来る気は全然なくて(笑)。飯塚は来たくてしょうがなかったのかな。「救命救急センターの立ち上げに行きたい」ってずっと言っていました。

そして、もう誰が行くか決めなければいけない期限、という日の救急の医局会の時に、別の先生にお願いする事で満場一致で決まりそうなところで飯塚が手を挙げて、「僕は秋枝さんと行きたいです」って言ったんです。飯塚は来ることも決まっていたので。そしたら教授も「まぁ秋枝先生ご指名だから。行くかい。」と。それが経緯です(笑)。

救命救急センターは6月で丸6年になりますが、振り返っていかがですか?

良くなっているところは看護師のレベルが上がっていると思いますし、何より太田市近隣の救急隊のレベルは上がりましたね。元々できる人達はいたけど、それを評価する人や、一緒にやる人がたぶんいなかったんだと思います。救急医じゃないと救急隊と一緒に色々な事をやらないので。

ただ、太田記念病院自体は70年くらい前から太田市にあるわけじゃないですか。その、良くも悪くも古い歴史が難しいなと思いますね。それは地域にも言える事で、それぞれが自分の機能を十分に発揮できていないなと感じます。救急って地域連携と地域包括ケアの構築と、消防等を含めたメディカルコントロールが大事なんですが、それがなかなかうまく進まない。そこが非常に難しいですね。すぐ変わるものでもないのですが。

当院で初期研修を終えた先生たちが毎年、少なくとも1人は救急科に入っていますが、それについてはどう思われますか。

それはもちろん嬉しいですね。救急科に入りたいと思ってくれたという事は、やっぱりそれなりに楽しかったんだろうなぁと思いますし。

その中で今、救急科2年目の先生が大学病院に修行に行っていますが。

うちの病院がやっている事が全部正しいわけじゃ絶対ないので。他も知らなければいけないし。救急も、肺炎とか尿路感染とか内科学系のことも入院でいっぱい診てる救急ってそんなにないので。来年、修行から帰ってくるのが楽しみですね。

救急は今後さらに必要になる分野ですから、救急を目指す人を教育する為の専門教育ができるような教育機関等の確立が日本全国でできればいいなと思います。
毎年、新卒の救急救命士を期限付きで採用していますが、どのような事をしているのですか?

看護師ではないので処置等はもちろんできないですが、救命士の資格を持ってるので、胸骨圧迫、いわゆる心臓マッサージ、や静脈路確保等です。教育の意味も含めて心肺停止の患者に対してだけは静脈路確保を教えています。最近はレベルも上がって来たので、すごく助かっていますね。

彼等がうちの病院を出て現場で働くようになっても、病院で働いていたっていうのはすごい経験なので周りにひけをとらないくらいになると思います。みんな地元に帰ってしまって、残念ながら太田の消防にはまだ誰も入ってないですが、いつか誰かが太田の消防に入って一緒に働ける日がきてほしいなと思います。

日々お忙しいと思いますが、その中で特に大変だと思う事はありますか?

現場に関しては人も増えたし、自分がやらなければいけない事も減ったので、大変な事はそんなにないですね。飯塚もだいぶ仕切ってくれるので。現場と関係ないところで、病院の委員会や地域等での会議が多いくらいですかね。

救急科 部長 飯塚 進一
全国的に救急車の出動回数が増えていますが、太田市近隣の傾向を教えてください。

全国的な増え方と同じような増え方で、太田市もそうだし県も増えていますね。ただ、当院は初年度が一番多くて、その後ちょっと減ってきて、今は5,000件ちょっとくらいで落ち着いていると思います。

増えてきている要因はどのようなものがあると思いますか?

やっぱり軽症で呼んでしまうのは多いですね。子供だと熱が出たというだけで、というのももちろん増えていて。自分たちが子供の頃は熱を出したからといって親は救急車を呼ばなかった。寝てれば治るって。でも今はもう、インターネットで調べたら色々な怖い情報が入ってきてしまう。「熱の病気にはこんな怖いものがありますよ」というのを目にすると、親御さんも怖くなってしまうんだと思うのですが。そういった事もあってか日本全国、大病院志向になっていますよね。病院に行くと検査してもらえる、時間が遅くても大丈夫等。それはしょうがないのですが、もうちょっと啓発できる事はあるんじゃないかなとは思います。

だけど子供と成人は軽症、中等症ともに救急車は減っているんですよ。高齢者だけ増え続けているんです。それは全国的にもこの地域でも。救急車で搬送される患者の半分を超えました。今後、超高齢化社会に向けて高齢者がほとんどになるんじゃないですかね。子供は人口も減っていくので。救急車も軽症も増えていますが、高齢者が増えているのは間違いないです。

当院の救命救急センターが今後発展していくためには何が必要ですか?

まずはやっぱり医者の頭数ですね。もっと入ってくれないと。救急医が今7人、修行に行っている医師を入れて8人ですが、8人じゃまだちょっと厳しいですね。

ビジョンとしてはEICU※1やEHCU※2を導入したいです。EICUもEHCUも救急科だけじゃなくて他の科でももちろん使うんですが、通常の集中治療室(ICU※3・HCU※4)と違って救急で来た重症患者だけが入って、病棟で具合が悪くなっても入れないし戻れないんですが、重症患者をもっと受け入れられるかなっていうところが。そしてそういう事をするためには、救急医が今の倍いないと厳しいですね。EHCU当直も必要になってくるので。医療ソーシャルワーカーも足りないし、足りない事はいっぱいあるんですけどね。

先生が救急医療の未来に望むことを教えてください。

救急自体は歴史の浅い分野で、日本で救急を作り上げてきた人たちは、まだ現役で働いている世代なので。本当にまだ数十年とか。救急医になってその後どうなるかっていうビジョンというのをたぶんまだ誰も示せてないので、これから先をどう示していくかですよね。

救急は今後さらに必要になる分野ですから、救急を目指す人がちゃんといてくれないと困るので。救急の専門教育ができるような教育機関等の確立ですね。救急はほんの些細な問題でもあると、それが命取りになります。そういった教育もちゃんとできるような、そんな体制が日本全国でできればいいなと思います。

  • ※1. EICU(Emergency Intensive Care Unit)
    ER専用の集中治療室。救急で搬送された重症患者のためのICU。
  • ※2. EHCU(Emergency High Care Unit)
    ER専用の高度治療室。救急で搬送された重症患者のためのHCU。
  • ※3. ICU(Intensive Care Unit)
    集中治療室。高度な治療や全身管理を常時必要とする重症患者を受け入れる。
  • ※4. HCU(High Care Unit)
    高度治療室。ICUと一般病棟の中間に位置する病棟で、ICUよりは軽症の患者を受け入れる。
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